新・相続の基礎知識⑱―配偶者居住権Ⅰ―
―目次― 第1 配偶者の居住権を保護するための方策 1. はじめに 2. 配偶者居住権 (1) 配偶者居住権 (2) 審判による配偶者居住権の取得 (3) 配偶者居住権の価値評価 (4) 配偶者居住権の存続期間 (5) 配偶者居住権の登記等 (6) 配偶者による使用及び収益 |
▎▎第1 配偶者の居住権を保護するための方策
1. はじめに
高齢化の進展により相続開始時の配偶者の年齢も高齢化しています。しかし、今までの制度では、被相続人の建物に配偶者が居住していた場合であっても、配偶者が居住建物を相続により取得することができず居住建物に住むことができない場合や、居住建物に住むことができてもそれ以外の預貯金等の財産を取得できない場合があり、高齢の配偶者にとっては生活上に深刻な問題となっていました。そこで、配偶者の居住権を保護するための方策として、配偶者居住権及び配偶者短期居住権が創設されました。
配偶者居住権及び配偶者短期居住権を定めた規定は、令和2年4月1日に施行されています。
2. 配偶者居住権
(1)配偶者居住権
配偶者は、相続開始時に被相続人の財産に属した建物に居住していた場合には、下記①②のいずれかに該当するときは、居住建物の全部を無償で使用及び収益をする権利(配偶者居住権)を取得します。ただし、被相続人が相続開始時に居住建物を配偶者以外の者と共有していた場合には配偶者居住権を取得しません(民法1028①)。
① 遺産分割によって配偶者居住権を取得するものとされたとき
② 配偶者居住権が遺贈の目的とされたとき
旧来の制度では、居住建物の価額の遺産全体に占める割合によっては、他の相続人の相続分等との関係で、配偶者が居住建物を遺産分割により取得できない、又は居住建物は取得できるがそれ以外の財産、例えば預貯金をほとんど取得できない場合など、配偶者の保護に欠ける事態が生じることがありました。そこで、平成30年の相続法改正により、配偶者居住権を新設することで、居住建物の所有権(負担付)と利用権を分離し、配偶者の保護を図りました。
お、居住建物が配偶者の所有となった場合でも、他の者が共有持分を有する場合には配偶者居住権は消滅しません(民法1028②)。
(2)審判による配偶者居住権の取得
遺産分割の請求を受けた家庭裁判所は、次の場合に限り、配偶者が配偶者居住権を取得する旨定めることができます(民法1029)。
① 共同相続人間に配偶者が配偶者居住権を取得することについて合意が成立しているとき
② 配偶者が家庭裁判所に対して配偶者居住権の取得を希望した場合に、居住建物所有者の受ける不利益の程度を考慮してもなお配偶者の生活を維持するために特に必要があると認めるとき
上記②の要件は文言上相当厳格であるため、実務の運用を注視する必要があります。
(3)配偶者居住権の価値評価
配偶者居住権は、遺産分割において配偶者が取得する財産となり、相続税の課税対象となることから、その財産的価値を評価しなければなりません。そこで、配偶者居住権の価値評価については、法制審議会民法(相続関係)部会において事務当局より簡易な評価方法が示されています(部会資料19-2)。例えば、建物の場合、建物の現在価値から負担付所有権の価値を控除したものを配偶者居住権の価値とする考え方です。負担付所有権の価値は、建物の耐用年数、築年数、法定利率等を考慮し配偶者居住権の負担が消滅した時点の建物の価値を算定した上、これを現在価値に引き直して求めることとされています。実務上は、相続人間で合意が得られた場合には、この簡易な評価方法が用いられることになると予想されます。
<配偶者居住権の簡易な評価方法>
○長期居住権の価額
=建物の価額-長期居住権付所有権の価額(固定資産評価額)
○長期居住権付所有権の価額
= 建物の価額 × 法定耐用年数-(経過年数+存続年数) ×ライプニッツ係数(固定資産評価額) 法定耐用年数-経過年数
※法定耐用年数
法定耐用年数は、減価償却資産の耐用年数等に関する省令(昭和40年3月31日大蔵省令第15号)において構造・用途ごとに規定されています。
※ライプニッツ係数
ライプニッツ係数は、令和2年4月1日の改正債権法の施行に伴い、法定利率が年5%から年3%に変更となるため、ライプニッツ係数も変動することに注意が必要です。
※長期居住権の存続期間が終身である場合は、簡易生命表記載の平均余命の値を使用します。
(例)築20年、鉄筋コンクリート造、固定資産税評価額2000万円のマンションの一室を対象に、配偶者(女性、70歳)に対し、存続期間20年の長期居住権を設定した場合
(※小数第4位以下は四捨五入、令和2年4月1日以降のライプニッツ係数による)
(※70歳女性の平均余命=約20年、ライプニッツ係数=約0.554)
・長期居住権付所有権の価値
=2000万円×0.554
≒2000万円×0.144
=288万円
・長期居住権の価値
=2000万円-288万円
=1712万円
配偶者居住権等の評価については、国税庁のホームページをご覧下さい。
(4)配偶者居住権の存続期間
配偶者居住権の存続期間は、原則として配偶者の終身の間です。ただし、遺産分割の協議若しくは遺言に別段の定めがあるとき、又は遺産分割の審判において別段の定めをしたときは、その定めによります(民法1030)。
居住建物が全部滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合にも、配偶者居住権は消滅します(民法1036、616の2)。
(5)配偶者居住権の登記等
配偶者は、配偶者居住権の登記をすると第三者に対抗することができ、妨害排除請求をすることができます(民法1031、605・605の4)。
(6)配偶者による使用及び収益
配偶者は、従前の用法に従い、善良な管理者の注意をもって、居住建物の使用及び収益をしなければならず、居住建物取得者の承諾を得なければ、居住建物の改築若しくは増築をし、又は第三者に居住建物の使用若しくは収益をさせることはできません(民法1032①③)。これらに違反した場合に、相当期間を定めた是正の催告をしたにもかかわらず是正されないときは、居住建物取得者は配偶者居住権を消滅させることができます(同④)。
また、配偶者居住権は第三者に譲渡することはできません(同②)。
配偶者の居住建物が、配偶者から第三者に賃貸された場合の効果については、転貸の効果(民法613)が準用されています(民法1036)。つまり、第三者は、配偶者居住権の範囲を限度として、居住建物所有者に対して賃貸借契約に基づく債務を直接履行する義務を負います(民法613①)。他方、居住建物所有者は、配偶者に対してもその権利を行使することができます(同条②)。更に、居住建物所有者は、配偶者との間の配偶者居住権を合意により消滅させたことをもって第三者に対抗することはできません。ただし、その当時、居住建物所有者が配偶者の債務不履行による解除権を有していたときは、この限りではありません(同条③)。
<新・相続の基礎知識⑲―配偶者居住権Ⅱへ続く>
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