相続の基礎知識⑧-相続の承認と放棄Ⅰ-
第1 はじめに
本稿では、相続の承認と放棄について説明いたします。
被相続人の財産が負債を上回っているような場合ばかりではなく、被相続人である故人が多額の借金をしており、財産よりも負債の方が多いことがあります。以下では、このような場合の対処法と注意点についてみていきます。
第2 単純承認
単純承認(民法921条)とは、相続人が、死亡した被相続人の土地の所有権等の権利や借金等の義務をすべて受け継ぐものです。
第3 相続放棄
1 相続放棄とは
被相続人が莫大な借金を残した場合、相続人がこの負債を相続し、被相続人に代わって返済することは大きな負担となります。そこで、このような場合に、負債の相続を防ぐための手段として相続の放棄(民法938条)があります。
相続の放棄をすると、その者は初めから相続人にならなかったこととなります(民法939条)。そのため、被相続人の負債を相続しないこととなり、同時に財産についても一切相続しないこととなります。
したがって、相続の放棄により、相続人は、被相続人の財産を一切承継しない代わりに、被相続人の多額の借金などの負債についても承継しないことができるのです。
2 相続放棄の手続
相続の放棄は、被相続人の最後の住所地の家庭裁判所に相続放棄の申述書を提出して行います。
この相続の放棄は、相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内に行うこととされています(民法915条1項)。
もっとも、相続の放棄を行うにおいては、被相続人の財産を調査した上での慎重な判断が必要となりますので、家庭裁判所に対して期間の延長を請求することができます(民法915条2項)。
3 相続放棄にあたっての注意点
前述のように、相続放棄を行うためには、期間の制限がありますので、これを守る必要があります。
また、相続人が自己のために相続が開始したことを知りながら、相続を放棄するか否かを検討している段階において相続財産の一部を処分した場合には、相続を承認したものとみなされ相続の放棄をすることができなくなります(法定単純承認・民法921条1号)。例えば、相続人が、相続の開始を知りながら、相続放棄をする前に被相続人の口座から預金を引き出して、自己のために費消してしまったような場合には、相続放棄ができなくなってしまうのです。また、相続開始後、相続放棄の申述・受理の前に、相続人が被相続人の有していた債権を取り立ててこれを収受受領してしまったような場合にも、相続放棄ができなくなるとした判例があります(最判昭37.6.21)。このような法定単純承認にあたる財産の処分をしないように十分注意する必要があります。
さらに、相続人の全員が相続放棄することが決まっている場合であっても、第一順位の者から順に行う必要があります。異なる順位の者が同時に相続放棄の申述手続きをすることはできないのです。債務超過のケースの場合、次順位の者が相続放棄の手続きをすることを忘れないようにしましょう。
なお、相続の放棄は、一度行うとこれを撤回することができません(民法919条1項)ので、この点にも注意が必要です。
4 平成30年改正との関係
平成30年民法改正によって、法定相続分を超える権利の承継は、「遺産の分割によるものかどうかにかかわらず」対抗要件を備えなければ第三者に対抗できないと定められました(民法899条2項)。
相続人の一人が相続放棄をしたために、他の相続人が法定相続分を超える権利を取得した場合、本条項が適用されて対抗要件を備えなければ第三者に対抗できないとも思えます。
しかし、第3の1で述べたように、相続放棄をした者は、はじめから相続人にならなかったものとみなされます。そうすると、相続放棄をした者については法定相続分が観念できないことになります。また、相続放棄の効力を絶対的なものとする判例(最判昭和42.1.20民集21巻16頁)の趣旨からしても、民法899条2項は相続放棄の場面には適用されないと解されます。
したがって、従来の実務と変わらず、対抗要件なくして相続放棄の効果を第三者に対抗することができると考えられます。
<続く>