会社内部紛争(類型I)

会社内部紛争には、役員報酬等を巡る紛争、取締役の地位・解任を巡る紛争、役員の責任を巡る紛争、経営権獲得を巡る紛争、株主権の帰属を巡る紛争など様々なものがありますが、対立する当事者によって整理すると、取締役(元取締役も含みます。)と会社との間の紛争(類型Ⅰ)、株主と会社(現経営陣)との間の紛争(類型Ⅱ)、株主と取締役との間の紛争(類型Ⅲ)、株主と株主との間の紛争(類型Ⅳ)の4類型に分けることができます。

なお、上記4類型により厳密に分類することが困難な複数の当事者が関係する類型の紛争もあり、所有と経営が一致しているいわゆる同族会社においては、株主が取締役を兼ねている場合も多く、あらゆる内部紛争の実態は、株主間の対立(類型Ⅳ)の様相を呈している場合も多いかと思料されますが、本項では便宜上、各紛争において特に利害関係の強い者同士を取り上げ、上記4類型に分類して会社内部紛争について説明します。

1.取締役対会社(類型Ⅰ)

取締役対会社の構図を取る紛争類型としては、役員報酬等を巡る紛争、取締役の地位・解任を巡る紛争、会社の取締役に対する責任追及を巡る紛争(利益相反取引に係る紛争、競業避止義務に係る紛争等)などが挙げられます。

(1) 役員報酬等を巡る紛争

役員報酬等を巡る紛争には、大きく分けて取締役が会社に対して役員報酬等ないし役員報酬等相当額を請求する場合と、会社が取締役に対して支給した役員報酬等相当額の返還請求をする場合の2つがあります。実務上多く見受けられるのは、前者のうち退職慰労金の支払いを巡る紛争です。

ア 取締役が会社に対して役員報酬等ないし役員報酬等相当額を請求する場合

会社法上、取締役が職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益(報酬等)については、取締役のお手盛り防止による株主保護の趣旨から、指名委員会等設置会社を除き、定款の規定又は株主総会の決議をもって定めることが必要とされており、株主総会普通決議等がなければ、原則として取締役の具体的な請求権も発生しないとするのが判例です(最判平成15年2月21日金判1180号29頁)。役員退職慰労金も、それが職務執行の対価として退任後に支払われる趣旨である限り、報酬等に含まれ、株主総会普通決議が必要となります。

そのため、報酬等の支給に係る株主総会決議の有無によって、当事者の争い方も異なってきますので、以下では株主総会決議が存在する場合と存在しない場合に分けて具体的に説明します。

(ア)株主総会決議が存在する場合

報酬等の支給に係る株主総会決議が存在する場合に争いが生じる一例としては、株主総会決議後に取締役報酬の減額・不支給に係る株主総会決議や取締役会決議がなされた場合が挙げられます。

この点、一旦総会決議を経て報酬等の具体的な額が定められたときには、それが会社と取締役との間の契約内容となり、契約当事者である会社と取締役の双方を拘束するため、当該取締役の明示又は黙示の同意がない限り、株主総会決議によってもその報酬額を変更することはできないと解されています。

このような類型の紛争においては、報酬等の支給を最初に決定した株主総会決議自体の効力が株主総会決議取消、無効、不存在確認等の各種訴訟によって争われるか、又は当該株主総会決議が存在することを前提として取締役の明示または黙示の同意の有無が争われるか、若しくは当該取締役の任務懈怠責任等による損害賠償債権を自働債権とする相殺の可否が争われることが多いといえます。

また、株主総会決議が存在する場合に争いが生じる例として、株主総会決議が、会社の内規に従って具体的金額を決定することを取締役会等の機関に一任したにもかかわらず、一任された機関が決定をせずに放置している場合もあります。

かかる場合において、内規の定めによると機械的に具体的な報酬額が定まり、一任された機関の裁量が認められないときには、取締役の具体的請求権は当該株主総会決議時に発生し、取締役は、会社に対して、内規に従って算定される未払役員報酬等を請求することができると解されています。

これに対して、内規に一任された機関の裁量が認められている場合には、取締役の具体的な役員報酬等の請求債権は発生しないと解されているため、取締役は、当然には役員報酬等を請求することができません。

かかる場合には、株主総会決議に従った取締役会決議を行わないことを理由に、役員報酬等を求める取締役(元取締役)が、会社や他の取締役に対して、役員報酬等相当額について損害賠償請求を行うか、あるいは後述する株主総会決議が存在しない場合と同様の法律構成によって、役員報酬等の請求を行うことが考えられます。

(イ)株主総会決議が存在しない場合

上述した総会決議が存在する場合の裁判例は多くはないですが、株主総会決議が存在しない場合の紛争については、比較的多くの裁判例が存在しています。

前述したとおり、取締役の報酬等請求権は、原則として総会決議等が必要であると解するのが判例です。もっとも、総会決議等が存在しない場合であっても役員の報酬等請求権を実質的に認める裁判例が複数存在しています。

まず、

  • ⅰ)総会決議等が存在しない場合であっても、報酬等についての株主全員の同意があるときは、お手盛り防止という会社法361条の目的は果たされているといえるため、報酬等請求権の成立が認められると解されています。
また、
  • ⅱ)株主全員の同意があるとはいえない場合であっても、事実上株主の了解を得て慣行とされてきた手続を経て、報酬等の支給決定がされ、実質的に株主の利益が害されないといえる特段の事情が認められる場合には、総会決議等がないことを理由に会社が報酬等の支払いを拒絶することは信義則上許されない旨判示する裁判例もあります(東京高判平成15年2月24日 金判1167号33頁)。
更に、
  • ⅲ)大株主兼取締役などが内規に従った報酬等の支払いにつき承諾していたにもかかわらず株主総会に報酬等の支給に係る議案を上程しないことが不法行為に該当するとして、役員報酬相当額の損害賠償請求を認める学説や裁判例もあります。

以上のように株主総会決議が存在しない場合に役員報酬等ないし同相当額を請求する場合には、ハードルは高いものの、複数の法律構成による救済の可能性がありますので、過去の多数の裁判例を踏まえ、具体的事案に即した適切な法律構成を採用し、緻密な主張立証を行うことのできる弁護士に依頼することをお勧めします。

イ 会社が取締役(元取締役)に対して支給した役員報酬等相当額の返還を請求する場合

会社が取締役に対して一旦支給した役員報酬等につき、株主総会の決議を経ていないことを理由として、後日、当該取締役に対し、交付した役員報酬等相当額につき返還を求めることがあります。

前述したとおり、株主総会決議が存在しない以上、原則として取締役の報酬等に係る具体的請求権は発生しませんので、仮に取締役が総会決議等なく報酬等を受け取った場合には、当該取締役は、原則として、会社に対し、受け取った報酬等相当額について損害賠償責任等を負担することになります。

もっとも、前述したとおり、総会決議等が存在しない場合であっても、全株主の同意がある場合は、報酬等の支払いは有効になされたといえますし、また具体的事情によっては、会社からの報酬相当額の返還請求が信義則に反し、権利の濫用として許されないと判断されることもあります。

この点、一旦支給した役員報酬等について、①当該取締役が取締役に就任した経緯、②受領した報酬等に対応する期間における当該取締役の業務内容や会社の業績、③報酬等に係る支給慣行及びこれに対する株主の従前の対応等から、会社が、取締役に対して、報酬等相当額の返還を求めることは信義則に反し、権利濫用として許されないとした裁判例(東京地判平成30年1月22日判タ1461号246頁)があります。

以上のように、報酬等の支給に係る株主総会決議が存在しない場合において、会社が取締役(元取締役)に対して支給した役員報酬等相当額の返還を請求するときには、これを否定する複数の法律構成が考えられるため、かかる紛争を適切に処理するためには、役員報酬等の争いに通暁した弁護士に依頼することをお勧めします。

(2) 取締役の地位・解任を巡る紛争

会社対取締役の構図を取る解任を巡る紛争としては、大きく分けて、取締役が会社に対して解任の効力を争い取締役の地位を主張し、併せて未払役員報酬を請求する場合と、不当解任を理由として損害賠償を請求する場合の2つがあり、前者が請求される場合には通常、予備的に後者の請求もなされることが多いといえます。

ア 解任の効力自体が争われる場合

会社法では、取締役は株主総会の普通決議によっていつでも解任することが認められています。したがって、解任の効力を争う者は、取締役の地位確認、未払報酬等の請求に加え、事案に応じて解任に係る株主総会決議取消、無効確認、あるいは不存在確認訴訟を提起することが通例です。

なお、解任ではないものの、取締役の任期途中において、その任期を短縮する旨の定款変更に係る株主総会特別決議がなされた場合に、退任したとされる取締役の地位が争われることもありますが、その変更後の定款は在任中の取締役に対して当然に適用され、その変更後の任期によれば、すでに取締役の任期が満了している者については、定款変更効力発生時点において当然に退任すると解されています。

したがって、かかる場合には、解任の効力を争う場合と同様に、定款変更に係る株主総会特別決議の効力自体について争う必要がでてきます。

イ 不当解任を理由とする損害賠償請求が行われる場合

取締役はいつでも株主総会の普通決議によって解任することができますが、当該取締役の任期に対する期待を保護するため、解任に「正当な理由」がある場合を除き、会社は、解任した取締役に対して、損害賠償責任を負うこととされています。

したがって、解任された取締役は、会社に対し、不当解任を理由として、残任期分役員報酬相当額等の支払いを求めることがあります。

また、解任ではないものの、取締役の任期途中において、その任期を短縮する旨の定款変更がなされた場合に、任期途中で退任することとなった取締役が、会社に対し、残任期分役員報酬相当額等の支払いを求めた事案において、取締役の損害賠償請求を認容した裁判例も存在します。

かかる紛争において主に争われるのは、①解任における「正当な理由」の存否と②「正当な理由」が存在しない場合の損害の範囲についてです。

(ア)正当な理由

正当な理由」がある場合とは、取締役に職務を執行させるにあたり障害となるべき状況が客観的に生じた場合と解されており、具体的には法令・定款違反行為や心身の故障、職務への著しい不適任、任務懈怠責任を負うような経営上の判断の失敗などが挙げられます。逆に大株主の好みといった単なる主観的な信頼関係喪失のみを理由とする場合には、「正当な理由」の存在は認められません。

正当な理由」の根拠となる事情は、解任決議時に会社が認識している必要はないと解されており、また、単独では正当な理由とはならない事実であっても、複数の事実を総合して正当な理由が肯定される場合もあります。

したがって、会社としては、解任する際に「正当な理由」の有無を検討するにあたっては、複数の事情を総合的に判断する必要があり、また退任取締役からの損害賠償請求に備えるため、解任後においても、事実関係を整理して、「正当な理由」の有無を検討しておくのが好ましいといえます。

(イ)損害の範囲

不当解任を理由とする損害賠償が争われる場合には、その損害の範囲についても強く争われる傾向にあります。

賠償されるべき損害の範囲は、取締役を解任されなければ残存の任期期間中及び任期終了時に得べかりし利益の喪失による損害とされています。

通常は、残任期分役員報酬相当額のみが損害として認容される場合が多く、原則として慰謝料や弁護士費用は損害に含まれないと解されています。

退職慰労金や賞与については、これを認める裁判例もありますが、大多数の裁判例では損害の範囲に含まれないとして判断されています。これらの支給にあたっては、株主総会決議が必要となりますので、退職慰労金や賞与が損害に含まれるか否かは、株主総会決議ないしこれに代わる全株主の同意があったか否か等が重要なメルクマールとなります。

(3) 責任追及を巡る紛争(利益相反取引に係る紛争、競業避止義務に係る紛争等)

会社は、取締役が任務懈怠行為、すなわち故意又は過失により法令または定款に違反する行為をし、会社に損害を被らせた場合には、当該取締役に対して、その損害の賠償を請求することができます。

取締役と会社との関係は、委任ないし準委任であって、民法の委任に関する規定に従うため、取締役は会社に対して善管注意義務を負い、また会社法においては取締役の忠実義務が定められていますので、取締役が、かかる義務等に違反して会社に損害を与えた場合にも、当該取締役は、会社に対して、損害賠償責任を負担します。

取締役の任務懈怠責任が問題となる場面としては、主として①法令や定款に違反する行為を行った場合、②監視・監督義務を怠った場合、③経営判断を失敗した場合が挙げられますが、本項においては、特に会社対取締役の構図が色濃い①法令に違反した場合の内、利益相反取引と競業避止義務違反について取り上げます。

ア 利益相反取引

利益相反取引」とは、裁量により会社に不利益を及ぼすおそれのある全ての財産上の取引行為を指し、取締役が自己又は第三者のために会社と取引をする「直接取引」と、会社が取締役以外の者との間で会社と取締役との利益が相反する取引を行う「間接取引」の双方を含みます。

取締役が利益相反取引を行おうとする場合には取締役会非設置会社においては株主総会普通決議による承認、取締役会設置会社においては取締役会の承認決議を経る必要があり、この際取締役は、取引についての重要な事実を開示しなければなりません。

利益相反取引であるにもかかわらず、承認機関による承認決議を経ることなく取引を実行すると、それ自体が法令に違反する任務懈怠行為となりますので、利益相反取引か否かが不明な場合には、念のために承認機関による承認決議を経ることが肝要です。

また、承認機関による承認を得た上で利益相反取引を行ったとしても、これにより善管注意義務等が免除されることにはなりませんので、当該取引によって会社に損害を与えれば、取締役は損害賠償責任の負担を免れません。

利益相反取引を理由とする取締役の責任追及訴訟においては、主として取引の利益相反性、善管注意義務・忠実義務違反の内容や、損害の発生及びその額について争われることとなります。

イ 競業避止義務

取締役は、自己又は第三者のために会社の事業の部類に属する取引をしようとするときは、取締役会非設置会社においては株主総会の、取締役会設置会社においては取締役会の承認決議を経る必要があり、これを一般に取締役の「競業避止義務」といいます。

承認決議の有無にかかわらず取締役が競業取引を行い、会社に損害を与えた場合には、取締役の任務懈怠責任が問われることとなります。

取締役の競業避止義務は、在任中の取締役に課された義務であって、退任した取締役はこの義務を負いません。

もっとも、取締役が退任後に同種事業を行うことを予定して、その在任中に準備を行っていた場合には、善管注意義務に違反する任務懈怠行為と解される可能性があります。

また、会社と取締役との間で、退任後の競業禁止についての合意をしていた場合には、これに違反した元取締役に対して損害賠償請求をすることが考えられます。

ただし、かかる合意の内容によっては、退任後の取締役の職業選択の自由を不当に侵害するものであるとして、公序良俗に反して無効と判断されることがあります。合意の有効性の判断は、

  • ①合意内容が会社の正当な利益の保護を目的とすること
  • ②取締役の退任前の社内における地位
  • ③競業が禁止される業務、期間、地域の範囲
  • ④会社による代償措置の有無
等を総合して判断することとなります。

なお、競業行為の態様によっては、不法行為に基づく損害賠償請求が認められる可能性もあります。

会社としては、重要な情報が社外へ流出することのないよう、取締役任用契約において秘密保持義務や競業禁止の合意をしておくことが肝要となります。

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