相続の基礎知識㉓-相続分の指定Ⅱ-

第3 相続分の指定がされた場合の債務の承継

 相続では、被相続人の財産が相続の対象となるだけでなく、被相続人の債務についても相続の対象となります。

 以下では、遺言によって相続人間で相続分の指定がされた場合の債務の承継についてご説明いたします。

 1 遺言により債務の承継を定めた場合の内部関係と外部関係

 遺言によって、相続分の指定がされ、被相続人の債務の承継について他の定めがない場合には、相続人の内部関係においては、各相続人は指定された相続分に応じた債務を承継することになります。

 しかしながら、被相続人がこのような遺言を行ったとしても、債権者が遺言の内容通りに債務を承継することを承認しない限り、相続人は、債権者に対し、遺言の内容どおりの債務を負うことにはなりません。債権者との関係では、依然として相続人は、法定相続分の割合で被相続人の債務を承継することとなるのです(改正民法902条の2)。

 例えば、被相続人である夫が9000万円の債務を負っており、相続人として妻、長男、次男の三者がいたとします。ここで、被相続人である夫が遺言によって3分の1ずつの相続分を指定した場合、相続人三者の内部関係では、遺言によって指定された相続分に応じ、それぞれが3,000万円(9,000万円×遺言によって指定された相続分3分の1)ずつを銀行に対して支払わなければならないことになります。

 しかし、夫がこのような遺言を残したからといって、銀行に対しても当然にその効力が及ぶわけではなく、銀行は、各相続人に対し、3,000万円ずつしか請求できないということにはなりません。銀行が父の遺言の内容通り妻、長男、次男がそれぞれ3,000万円の支払義務を負うことを承認しない限り、法定相続分に応じて、父の債務の弁済を求めることできます。具体的には、妻の法定相続分は2分の1、長男と次男の法定相続分は、それぞれ4分の1となりますので、銀行は、夫の遺言通りの支払うことを認めない限りは、妻に対しては4,500万円(9,000万円×法定相続分2分の1)を支払うように請求できることになります。しかしその反面、長男と次男に対しては、それぞれ2,250万円(9,000万円×法定相続分4分の1)ずつの支払いしか請求できません。そのため、各相続人間における内部関係と外部関係が一致しないことになります。

 これに対し、銀行が、夫の遺言の内容通りに各相続人が借入金債務の支払義務を承継することを認めた場合、妻は3,000万円を超える支払いを拒むことができる反面、長男と次男については、3,000万円の支払義務を負うことになり、各相続人間における内部関係と外部関係が一致することになります。 

 2 債務の承継において相続分の指定が行われることの意義

 上記のように夫の遺言の内容通りに各相続人が借入金債務の支払義務を承継することを銀行が認めるか否かによって、銀行が各相続人に対して、請求できる金額が変わってくることになります。

 そのため、銀行が遺言通りの承継を認めなかった場合、妻は、長男と次男との内部的な関係では、銀行に対して3,000万円の支払義務しか負わないのに対し、銀行との外部的な関係では4,500万円の支払義務を負うという状況になってしまい、ずれが生じてしまうことになります。

 このような場合、妻としては、銀行との関係では4,500万円の支払義務を負うことになりますので、長男と次男が夫の遺言内容通りに3,000万円の支払いを行わない時は、4500万円を支払わざるを得ません。そうすると、相続分の指定を行うことは、被相続人の債務に関してはあまり意味がない行為であるとも思えます。

 しかし、債権者(先ほどの事例では銀行)が、妻よりも長男、次男の方が資力があると考え、夫の遺言通り支払義務を承継することを認める可能性は十分あります。

 また、長男や次男が、故人である夫の意思を尊重して、自主的に銀行に対し、3,000万円ずつ支払うこともあるでしょう。さらに、妻が銀行に対して4,500万円を支払った場合であっても、内部的な自己の負担分である3,000万円を超えて支払った1,500万円については、長男、次男に対し、それぞれ750万円ずつ支払うよう要求し、これを受け取ることができます。そのため、最終的には3,000万円の支払義務しか負わないことになります。

 したがって、債務について相続分の指定を行うことは、意味のない行為ではありません。

第4 相続分の指定の相続人間の争いを回避する効果

 相続分の指定は、法定相続分とは違う相続割合を定めることができる点に、その意味があるものといえます。しかし、あくまで各相続人間の相続分を決定するものですので、誰がどの財産を相続するのかを指定するわけではありません。

 したがって、現金や預貯金のように分けることができる相続財産しかない場合に相続分の指定を行うことはまだしも、相続財産に不動産のように分けることができないものが含まれている場合に相続分の指定を行ってしまうと、当該不動産について遺産分割協議を行う必要が生じてしまい、相続人間の争いの原因となってしまいます。そのため、相続財産に不動産のように分けることができないものが含まれている場合には、相続人間の争いを回避する効果は低いと言わざるを得ません

 以上より、特に相続財産に不動産等の分けることが困難なものが含まれている場合には、遺産分割方法の指定(相続の基礎知識㉑)でご紹介いたしましたとおり、遺言において遺産分割方法の指定を行うべきです。

<続く>

相続の基礎知識①-法定相続人とその順位Ⅰ-

相続の基礎知識②-法定相続人とその順位Ⅱ-

相続の基礎知識③-法定相続人とその順位Ⅲ-

相続の基礎知識④-法定相続人とその順位Ⅳ-

相続の基礎知識⑤-法定相続人とその順位Ⅴ-

相続の基礎知識⑥-法定相続人とその順位Ⅵ-

相続の基礎知識⑦-法定相続人とその順位Ⅶ-

相続の基礎知識⑧-相続の承認と放棄Ⅰ-

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相続の基礎知識⑪-特別受益 相続時の持ち戻しⅡ-

相続の基礎知識⑫-寄与分及び特別寄与料支払請求-

相続の基礎知識⑬-遺留分-

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相続の基礎知識⑱-相続する財産の範囲Ⅰ-

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相続の基礎知識㉔-遺贈Ⅰ 遺贈の意義-

相続の基礎知識㉕-遺贈Ⅱ 遺贈の担保責任-

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相続の基礎知識㉗-相続人の廃除-

相続の基礎知識㉘-配偶者居住権Ⅰ-

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相続の基礎知識㉞-遺産分割に関する見直しⅠ-

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相続の基礎知識㊳-遺言制度に関する見直しⅠ-

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相続の基礎知識㊵-遺言制度に関する見直しⅢ-

相続の基礎知識㊶-遺言制度に関する見直しⅣ-

相続の基礎知識㊷-遺留分制度に関する見直しⅠ-

相続の基礎知識㊸-遺留分制度に関する見直しⅡ-

相続の基礎知識㊹-遺留分制度に関する見直しⅢ-

相続の基礎知識㊺-相続の効力等に関する見直し-

相続の基礎知識㊻-相続人以外の者の貢献を考慮するための方策-

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