相続の基礎知識⑲-相続する財産の範囲Ⅱ-
第3 相続財産の範囲
1 遺言を行うための注意点
一部の財産だけについて遺言を定めた場合、残りの財産については遺産分割の対象となってしまうため、残りの財産を誰が相続するのかを巡って相続人間で争いが生じてしまう危険があります。
そのため、遺言を行う際には、全ての相続財産について定めておく必要があります。
また、遺言を行う際、遺言者も知らない財産が存在することや遺言者がその存在を忘れている財産が存在することがあります。
このような財産についても遺言で定めておかないと、遺言者が亡くなった後に財産が発見された場合に遺産分割の対象となってしまい、誰がこの財産を相続するのかを巡って争いが生じてしまう危険があります。
そのため、遺言を行う際には、遺言者が知らない財産や忘れている財産にも配慮したものを作成しなければなりません。具体的には、遺言書に記載されていない財産については特定の相続人が相続する旨の遺言を行うのがよいでしょう。
2 名義預金・名義株式
相続財産に含まれるかどうかで問題となるものとして、被相続人が相続人の名義で行っていた預金(名義預金)や相続人名義で購入した株式(名義株式)があります。
これらに関しては、相続人の知らない間に被相続人が当該相続人名義で預金し、あるいは株式を購入していただけでは、生前に預金や株式の贈与がなされていたとはいえないとして、相続財産に含まれると判断されてしまう危険があります。
3 生命保険金
被保険者の死亡によって受取人に支払われる生命保険金は、保険契約の効果として受取人が直接に取得するものであり、相続によるものではないことから、相続の対象になりません(最判昭和40年2月2日・判時404号52号)。すなわち、夫が妻を受取人とする生命保険契約を締結していたような場合には、妻は固有の権利として保険金請求権を取得するため、夫の死亡によって妻が取得する生命保険金は相続の対象とはなりません。
ただ、生命保険の受取人が被相続人自身とされていた場合(たとえば、夫が自分自身を生命保険の受取人とする生命保険契約を締結していたような場合)、相続人は、被相続人から保険金の受取人たる地位を相続によって承継することになりますので、生命保険金も相続の対象となることに注意を要します。
なお、相続の対象とならない生命保険金も、特段の事情がある場合には、特別受益の対象となる場合があります。この点については特別受益-相続と持戻し(相続の基礎知識⑩、相続の基礎知識⑪)をご参照ください。
4 死亡退職金
公務員や民間企業の従業員が死亡した際に勤務先から支払われる死亡退職金が相続の対象となるか否かは、支給される死亡退職金が被相続人の賃金の後払い的性質の強いものであるか、遺族の生活保障としての性質が強いものかによって結論が異なります。
死亡退職金は、法律・内規・就業規則等で、退職金を受け取れる人の範囲や順位が定められていることが多いのですが、その定めが民法の定める相続人の範囲や順位と異なっている場合については遺族の生活保障としての性質が強く、相続財産には含まれないと考えられています(最判昭和55年11月27日・判時991号69頁)。
たとえば、内縁関係にある夫婦がおり、夫の相続人として養子が一人だけいる場合において、勤務している夫が亡くなったときには、まず内縁の妻に死亡退職金を交付する趣旨の退職金規程が定められていたとします。この場合、民法上は、内縁の妻は相続人とはなりませんので、法律・内規・就業規則等で定められた退職金を受け取れる人の範囲や順位が、民法の定める相続人の範囲や順位と異なっていることから、死亡退職金は、相続の対象とはなりません。
もっとも、死亡退職金が相続の対象とならない場合であっても、特段の事情が認められるときには、特別受益に該当することに注意を要します。この点については特別受益-相続と持戻し(相続の基礎知識⑩、相続の基礎知識⑪)をご参照ください。
一方で、勤務先において、死亡により退職金が発生する場合について、その受給権者である遺族の範囲及び順位等に関する個別具体的な規定がない場合には、死亡退職金は、主として生活保障的な性格・機能を目的としたものであるとまではいえず、相続財産に含まれることになります(最判平成22年9月10日・労判 1025号93頁)。
5 祭祀の承継
家系図等の系譜、位牌や仏壇等の祭具、墓石や墓地等の墳墓といった祖先の祭祀のための財産の所有権は、相続の対象になりません。これらの財産については、相続とは別のルールで祭祀を主宰する者が承継することになります。
まず、被相続人が、祭祀を行う者を指定していた場合には、指定された者が祭祀を行うことになります(民法897条1項但書)。
次に、被相続人が祭祀を行う者を指定していなかった場合は、慣習によって決まることになります(民法897条1項本文)。この点については、長男、あるいは家を継いだ者が祭祀を行う慣習があるようにも思われますが、裁判所がこのような慣習を認めないこともありますので(広島高判平成12年8月25日・判時1743号79頁、東京家審平成12年1月24日・家月52巻6号58頁)、注意して下さい。
さらに、慣習も存在していない場合には、家庭裁判所が審判によって決めることになります(民法897条2項)。その際には、推測される被相続人の意思、被相続人との共同生活、被相続人に対する愛情、祭祀財産の管理や祭祀の執行状況、祭祀を主宰する意思の固さや継続性などを考慮して決定されることになります(東京家審平成19年10月31日・家月60巻4号77頁等)。
<続く>